新着情報

モンゴル馬頭琴コンサート

2012年5月7日

5月5日に行った道しるべvol.2『モンゴル馬頭琴コンサート』は、事故もなく無事に終えることができました。
ご協力いただいた皆さん、またご参加していただいた皆さんありがとうございました。

道しるべvol.2 『モンゴル馬頭琴コンサート』チケットについて

2012年5月1日

5月5日に行われる『モンゴル馬頭琴コンサート』のチケットは、第1部(14:00〜)が完売となっていますが、第2部(16:00〜)は若干余裕があります。
チケットは前売券のみとなっていますので、事前にお電話(093-603-1775:日峯神社社務所)にてお申込みください。

5月戌(いぬ)の日

2012年5月1日

1日(火)・13日(日)・25日(金)

5月行事予定

2012年5月1日

昨日の雨嵐により境内地は荒れてしまいましたが、本日数名の方による清掃奉仕により、月次祭前にきれいになりました。清掃奉仕活動は毎月1日の午前8時より行っていますので、お近くの方は是非ご参加ください。

5月の行事予定

1日(火)8:00 境内地奉仕活動(清掃)
     9:00 月次祭

3日(木)11:00 苗代ごもり(貴船神社:水巻町下二)

5日(土)14:00〜 道しるべvol.2 『モンゴル馬頭琴コンサート』(日峯神社:八幡西区浅川)
           ■第1部:14:00〜/第2部16:00〜
           ■13:00〜17:00:モンゴル岩塩販売(有限会社バンベン)/惣菜・飲物販売(四季彩『輪』)

6日(日)12:00 苗代ごもり(八所神社:水巻町二)

竣工祭

2012年4月25日

昨年の夏に起工式を行なった九州共立大学内の福原学園屋内公認プール棟が完成し、4月11日に竣工祭を執り行いました。
神事の後落成式があり、九州共立大学水泳部の学生による泳ぎ初が行われました。

福原学園の益々の発展と選手の活躍を祈念申し上げます。

道しるべvol.2 『モンゴル馬頭琴コンサート』追加情報

2012年4月18日

5月5日に行う馬頭琴コンサートの追加情報です。

当日、午後より有限会社バンベン(http://banben.jp/)さんによるモンゴル岩塩販売やまた、手作り料理の四季彩『輪』による惣菜や飲み物販売等も行います。

コンサートの内容は馬頭琴の演奏とホーミー、また今回は中国南部ヤオ族に伝わるフルスの演奏も聴くことができます。

チケットは1部(14:00〜)が残りわずかですが、2部(16:00〜)はまだ余裕があります。

※チケットは前売券のみとなりますので事前にお電話にてご連絡ください。(日峯神社社務所:093-603-1775)

店舗開店清め祓い

2012年4月6日

境内地の桜は満開が過ぎ散り始めています。桜の写真はアルバムのページにも載せていますのでそちらもご覧ください。

本日、当神社の氏子地域である八幡西区藤原地区にて新規開店前の店舗清め祓いを行い、商売のご繁盛をご祈念申し上げました。
広島お好み焼きを中心とした鉄板焼きの飲食店で、4月11日にオープンとのことです。お近くの方はぜひ。
下記が店舗情報です。

店名:顔晴る家(がんばるや)
住所:八幡西区藤原2-15-18
電話:093-883-6881

道しるべvol.2 『モンゴル馬頭琴コンサート』

2012年4月2日

■日時:5月5日(土)
   第1部/14:00〜  第2部/16:00〜

■場所:日峯神社

■チケット:1,500円(前売券のみ)

■チケット予約・お問合わせ:093-603-1775(日峯神社社務所)

※1部・2部共に定員になり次第締切となりますので、チケットは早めにご予約ください。

4月戌(いぬ)の日

2012年4月2日

桜はここ2〜3日で満開となりそうです。
境内地の桜の様子は、アルバムのページをご覧ください。

今月の戌の日
7日(土)・19日(木)

ほら貝祭について

2012年3月31日

4月15日(日)午前10時より、北九州市若松区乙丸に御鎮座の貴船神社において「ほら貝祭」が行われます。
このお祭はおよそ210年前から続いており、御神体のほら貝に御神酒を入れて飲むと不老長寿になると言い伝えられています。

ほら貝まつりの民話
 江戸時代の中ごろ天明二年、芦屋浦の男が伊万里焼を仕入れて稲荷丸という船に積み、奥州まで売りさばきにいきました。ある日津軽の山中で道にまよい、小川のほとりでせんたくをしていた美しい女に、一夜の宿を頼みました。筑前芦屋のものだと名乗りますと、女はわたしも筑前のものですといってなつかしがり、男を大きな構えの自宅に案内しました。下男下女が四、五人いて、主人は旅行中でした。その夜、女は食膳をととのえ酒を出し、男をもてなしながら、身の上話をしました。「わたしは筑前山鹿のそばの庄ノ浦の海女の子です。わたしが庄ノ浦にいたころ、山鹿秀遠さまが安徳天皇さまをお迎えして、山鹿の東に仮りの御所をかまえられました。わたしは磯のものをとって、時おり御所にさしあげていました。」天明二年からいうと六百年も前の語です。男はおどろきました。女がいいますには、自分が病気をしたとき子供が大きなほら貝をとってきたので、それを食べたら病気はすぐ治り、それから年をとらなくなりました。それは不老不死の薬だったのです。
 やがて夫が年老いて死に、子ども・孫・曽孫と死んでいきました。家族と死別した女は豊前・豊後・四国から山陰へと旅に出、農家の主人の妻になりましたが、年をとらぬので 化生の者と怪しまれ、そこをはなれて都へ出ました。それから六百年、各地をめぐってこの津軽にきて、いまの主人の妻になりました。しかし主人は年をとるのに自分はいつまでも若いので、また、ここにもおれなくなるのではないか、行末が心配だと、女はいうのでした。そして「ほら貝の殻は、庄ノ浦を出るとき船留の松のそばの小さな祠におさめてきたから、帰ったらそれを探してわたしの子孫にわたしの話を伝えてほしい]と、つけくわえました。男は芦屋に帰って庄ノ浦の祠でほら貝の殻を見つけ、女の子孫の伝次郎に合って女との約束をはたしたということです。

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